ミャンマーで命を繋ぐ日本人医師に涙しました
昨日の続きです。
まずは、我が家の庭です。 はるかに著名な戦国武将の城が見えます。
皆さん、遊びに来てください。 みるきぃ、みかん、こはくが待ってます。
さて、昨夜の続きの邦人偉人列伝
とこの医師は 自らの命と引き替えに今の任務を続けているという すさまじい生き方をされているのです。
その医師とはこのNPOの代表をされています。
吉岡ドクター
日本と違い、医療環境が悪い現地の貧しい人達へこころの医療を、この思いを胸にやっと病院を建てることが出来ました。
これは、仏教国 ミャンマーの現地のお寺が作った慈善病院
吉岡先生は、若い時の志を胸にひたすら医療の届かない地域で医療活動を行い、現地の方達の病気を治しています。 インフラが整っていないので、手術中の停電はよくあることで、懐中電灯で乗り切ります。
吉岡先生の専門は小児外科、 奥様は小児科医 理解ある奥様は今はNPOの理事をされています。 ふたりの男子の父親、お父さんをどう見ているのでしょうか?
吉岡せんせいは自分たちの活動を紹介する為、本も書かれています。そんなブログを発見しました。 この本の売り上げもすべて現地での支援に当てられます。
吉岡先生は、13歳の息子が学校がつまらないとぼやいた時、自分の実力以下のことをしてるからだ と答えたそうです。
自分の人生の主役は自分、自分磨きが如何に自分の人生を輝かせるかだと思います。
心に沁みる名言ですよね。 先生の魂のこもったメッセージだと思いませんか?
優しそうな奥様ですよね。
先生は、全財産を捧げ、今の活動をしています。 なぜそこまで頑張れるのか? それはせんせいが最初に医師を目指した志だからなんです。 医療の届かない貧しい人を助ける。 そしてお金のない人からはお金は取れない、誠意をもって治療すること=心の医療を届けることをモットーにしているからです。
活動費の捻出はNPOを立ち上げ、寄付、自分の本の印税、講演費などから集めているそうです。 素晴らしい!!!!
30歳でミャンマーへ渡り、帰国時には日本の病院でさらなる外科の腕を磨き、又ミャンマーへと、23年間、無休で医療活動をしています。
驚くことに、これが吉岡先生の部屋、病院の一角に寝泊まりしています。 急患にも対応するからだそうです。 自分の天命と 誠心誠意、すべてを現地の医療へ捧げているようです。
気になったのは、不休で働き、睡眠時間は4時間
せんせいは、狭心症その他もろもろの病を持ち、常備薬を枕元に備えています。 くれぐれもお体 ご自愛して欲しいですよね
この日も、朝から13時間、19件の手術を行いました。
ミャンマーは医療制度が整ってません。 まして貧しい人達にとって、ここは最後の希望なんです。 医療制度が整っていない現地の人からお金をもらうことは出来ない。そして、医療環境も不十分な現地でも出来ることをする。 誠心誠意を込めて治療をする、こんなあかひげせんせいのこころの医療が現地の人達の心の支えになっているのです。
この日の最後の手術が終わったのは深夜でした。
NPOジャパンハートは東北大震災でも無料で医療活動をしました。 今や、大きな組織となり、先生を支えるスタッフも増えました。
ニーズがあるのはどこでも行く、これが吉岡せんせいの思い、
又、現地では、内戦や自然災害で親を亡くした子供達を擁護する孤児院まで設立しています。 そして、そこで育った子供達が看護師になったりして吉岡せんせいを支援する立場にまでなっています。
ネット検索すると、、
こんな漫画もありました。
感動して とてもとても泣けました。
第1話_救え命・届け心/吉岡秀人|Doctor's Gate
自分を幸せにしたかったら人を幸せにせなあかん。 患者の幸せは自分の幸せ
恵まれない人にはgive, give,give,giveでええやん、その代償は自分へのご褒美や
とこれが吉岡せんせいから私へ届いたメッセージです。
今日から、もっともっと、人に親切になれるな~
懐かしいphoto、亡きチョコマロうさぎとみるきぃ姉さん、
ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m